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広島地方裁判所 昭和57年(行ウ)5号 判決 1983年9月29日

原告

村井兵衛

右訴訟代理人

笹木和義

被告

山中淳

右訴訟代理人

末国陽夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがなく、そして、<証拠>によると、請求原因4、5の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

二そこで、江田島町の被告に対する特別車輛料金一三回分計八万五八〇〇円の支給が違法であるかどうかにつき以下検討する。

1  前記争いのない事実の外、<証拠>並びに当裁判所に顕著な事実によると、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  江田島町職員等の旅費条例は、昭和二五年八月二一日、国家公務員等の旅費に関する法律、その他自治省が示している条例準則、広島県職員の旅費に関する条例等を参考にして制定されたものであるところ、昭和四四年五月一〇日国有鉄道運賃法の一部を改正する法律の施行に伴い、国有鉄道運賃が、従前一、二等の区分となつていたのが、二等を基準とした一本建のものに改められ、運賃の等級を設けない車両に特別車両(グリーン車)が連結されて、特別車両(グリーン)料金が設けられることとなつたことから、江田島町においても、昭和四四年七月四日条例第二二号により前記旅費条例を改正し、同第一〇条所定の鉄道賃につき、旅客運賃、急行(特急も含む)料金・座席指定料金等の外、特別車両料金を徴する客車を運行するものによる旅行をする場合には、その旅行者すべてに特別車両料金を支給するものとした。なお、右旅費条例は、その後、江田島町における行財政改革の一環として、旅費の節減及び適正化を図るため、鉄道賃のグリーン料金の廃止等を行う必要があるもの、とされて、昭和五七年四月一日から施行の改正条例により、右特別車両料金の支給を廃止した。

(二)  江田島町の職員等において東京出張の場合は、実際上、江田島町小用から広島市南区宇品を経由して広島駅(その間は海路と陸路)に至り、そこから東京駅まで、東海道・山陽新幹線もしくはその在来線夜行特急を利用し、帰りも、右同様であり、その場合、前記特別車両料金が設けられて後の当初頃は、旅行者が現にどのような方法で旅行しようと、往復とも、特別車両料金を支給していた。ところが、昭和五一、二年頃より江田島町も、財政事情が逼迫し経費節減の必要から、すべての旅行者につき、往復とも実際の旅行で、右新幹線を利用した場合にはその分につき特別車両料金の支給をカツトし、ただ、夜行(寝台)特急を利用した場合には、特別車両料金を支給する扱いとし、なお、夜行特急を利用した場合には、右扱いの前頃から急行料金は在来線の特急料金を支給する扱いとしていた。そして、右扱いのため、江田島町担当者は、旅行者に、その出張後、新幹線によつたか夜行特急によつたかの申告をさせていた(旅行は、出張命令簿等によりあらかじめ旅費条例三条所定の旅行命令権者の旅行命令によつて行われるが、それによつては、旅行年月日、旅行用務、用務地等の旅行日程が示される程度で、実際の旅行経路、方法等は明らかにされない)。

(三)  江田島町においては、本件当時、旅費条例上、東京出張の場合の広島からの鉄道賃は、本来、往復とも、特別車両料金を含む新幹線料金による金額を支給すべきものであるとの理解を前提に、ただ、前記事情から、また、新幹線グリーン車は実際上余り利用されていないことなどから、旅費条例一九条一項などを一応の根拠に、特別車両料金及び急行料金の一部を支給しないものとする扱いとしていた。

当時、被告が、東京に出張した場合の現に支給を受けた広島からの鉄道賃(帰路も同額)は、次のとおりである。

(1) 夜行(寝台)特急を利用

した場合、

普通料金(乗車運賃) 八三〇〇円

急行(在来線特急)料金 三四〇〇円

特別車両料金 六六〇〇円

以上計一万八三〇〇円

右の場合、実際には、寝台料金(A寝台―個室・上段・下段、B寝台)が必要であるが、江田島町では旅費条例の解釈上右支給の根拠がないことから支給されていない。また、夜行特急の場合には、旅行日程で宿泊が予定されている限り、右の別に、車中泊(固定宿泊施設に宿泊しない場合)として、

乙地方宿泊料 一万円

が支給される。

(2) 新幹線を利用した場合

普通料金 八三〇〇円

急行(新幹線特急)料金 六一〇〇円

以上計一万四四〇〇円

なお、旅行日程に宿泊が予定されていれば、その宿泊料として

甲地方宿泊料一万一〇〇〇円

が支給される。

そしてなお、当時、被告が、新幹線を利用し、前記取り扱い上のカツトを受けないとした場合の鉄道賃は、

普通料金 八三〇〇円

急行(新幹線特急)料金 六一〇〇円

特別車両料金 六六〇〇円

以上計二万一〇〇〇円

である。

(四)  広島から東京間の鉄道経路として最も短距離の線路は、東海道・山陽新幹線もしくは東海道・山陽本線(在来線)であるが、その在来線については、広島・東京間の列車としては、直通としては夜行(寝台)特急のみであり、その他は、乗り継ぐものとして部分的に特急、急行、普通車があり、また、右夜行(寝台)特急には、グリーン車を連結していないが、その他の昼間走行する車両には、ほとんどそれぞれのグリーン車を連結している。なお、グリーン料金は、特急について、新幹線の場合も在来線の場合も同額であり、また、広島・東京間の所要時間は、新幹線によつた場合には約五時間であるが、夜行(寝台)特急によつた場合には約一二時間であり、また、右間の新幹線の本数(昼間)はかなり多いが、夜行(寝台)特急は限られている。

2  そこで、右事実からして以下考えてみる。

(一)  旅費条例(前掲乙第一号証、以下同じ)六条は、江田島町の職員等に支給すべき旅費計算の基本として、「旅費は、最も経済的な通常の経路及び方法により旅行した場合の旅費により計算する。」としたうえ、ただ、「公務上の必要又は天災その他止むを得ない事情により最も経済的な通常の経路又は方法によつて旅行し難い場合には、その現によつた経路及び方法によつて計算する。」と規定し、そして、これを受け、同一〇条において、旅費のうち鉄道賃につき、特別車両料金の支給等も含む具体的な規定をしている。

右規定の内容、その他、旅費条例一〇条四項が「公務上の特別な必要により、上級の線路により旅行した場合は、」特に「現に支払つた運賃を支給することができる。」とし、また、同一九条一項が、公用の交通機関を利用するなどで、右条例により支給される旅費が不当に旅行の実費をこえることとなるような場合には、右こえる部分につき、その全部または一部を支給しないことができる、として、それぞれ特別な場合に実費額との調整を計つていることなどに照らすと、旅費条例に基づき支給されるべき旅費は、実費主義が基本ではあるが、旅費計算の簡易かつ公平画一的な見地などから、「最も経済的な通常の経路及び方法」によるものとした場合の定額での支給を予定したものと解される。したがつて、実際に、どのような経路及び方法で旅行したかは、右支給される旅費額には、原則として関係しないものといえる。

(二)  そこでさらに、右にいう「最も経済的な通常の経路及び方法」という点についてであるが、これは、旅費計算において、地方公務員のごく標準的な旅行態様を予定したものとみられることから、一般には、ある区間を旅行する場合に、その距離、所要時間、交通方法等から、社会一般の者が通常利用する経路及び方法で、これらに照らし、費用が最も合理的で安いものを意味するものと解することができる。

これらからして本件についてみるに、広島・東京間においては、まず、距離的に山陽・東海道線(鉄道)が最も普通の経路で、その場合、直通という利便さからして、新幹線と在来線の夜行特急が常識的な交通方法として考えられる。しかし、まず、在来線の夜行特急は、新幹線に比較して、所要時間が多大(倍以上)であるうえ、夜行列車を利用することは、その性質上疲労度も高く、到着後の執務等への影響も否みがたい。また、一般に、昼間に旅行するのが普通であり、夜行の利用は、特別の必要または事情があるなど例外的であつて、その利用人員も全体の利用人員に比し限られ、その他、その運行回数、運行時間帯等において、その利便さも、夜行特急が新幹線に劣るものとみられる。

なお、旅行日数(旅費条例七条)との関係についてみるに、旅行日程で夜行特急の利用を予定したとしても、一泊(もつとも車中泊)となることには変りないわけで、夜行特急を利用すること自体により旅行日数の縮減といつたことは考えられない。むしろ、用務の内容によつては、新幹線を利用してその到着した日に東京で用務をすませ、翌日新幹線で帰れば(右到着日に夜行特急で帰るとしても旅行日数に変りはない)、日数の縮減が不可能ではない。ただ、その場合は、右用務の内容等に照らし、ハードスケジュールとならないかという問題が残るだけである。そしてなお、右の関係は、江田島町から広島までの時間(弁論の全趣旨に照らすと約一時間ないし一時間半程度であることがうかがわれる)等を考慮に入れても、変りないものとみられる。

これらからすると、広島・東京間においては、夜行(寝台)特急に比し、新幹線の方が、社会一般の者が通常利用する交通方法であつて、前記旅費条例所定の「通常の経路及び方法」であると認められる。そして、その費用の点についても、宿泊費の関係は、旅行者の用務内容(所要日数・時間等)からする旅行日程で自ら決められることで、前記のとおり、旅行日程に従つた夜行特急の場合、少なくとも車中泊料金の支給は避けられず(たしかに、夜行特急で一泊した場合は、新幹線で一泊した場合に比し、それぞれによつた旅費額は、仮に寝台料金を支給するとしても、B寝台の場合であれば、右新幹線の場合に特別車両料金を含めると、なお低額となる)、一般には、新幹線の利用を予定した場合の方が旅行日数縮減の可能性もあり、その他、右それぞれの交通方法の利便性、効率性等の関連でみた場合、新幹線によることが、費用上最も合理的で安いとみられなくもなく、右条例所定の「最も経済的な」ものと認めることができる。かようなことで、原告が主張する、夜行(寝台)特急が旅費条例六条所定の「最も経済的な通常の経路及び方法」であるとは認めがたく、この点は、仮に片道夜行特急・片道新幹線としても、前記説示したところから同様である。

(三)  このようにみた場合、広島・東京間の出張につき、旅費条例六条所定の「最も経済的な通常の経路及び方法」による旅行は、東海道・山陽新幹線(特別車両を連結する)を利用することであり、したがつて、この場合の旅費額(鉄道賃)としては、旅費条例一〇条一項二号による運賃、同条一項三号(2)、二項一号による新幹線特急料金の外、同条一項四号により「特別車両料金を徴する客車を運行するものによる旅行をする場合」として、特別車両(グリーン)料金の支給をすべきこととなり、このことは、前記のとおり、これが定額支給であることから、旅費条例一九条一項等の特段の事情がない限り、旅行者である被告が、現に、夜行(寝台)特急による旅行等右と異なるどのような経路及び方法によつて旅行しようと、右支給される旅費額に変わりはないものといえる。なお、本件では、いずれも右特段の事情は証拠上認められない。

したがつて、被告が、原告主張のとおり、現に片道あるいは往復とも夜行特急によつて旅行しながら、鉄道旅費として特別車両料金の支給を受けたとしても、この点で、旅費条例上なんら違法はないものといえる。

(四)  なお、前記のとおり、江田島町においては、その財政上の理由から昭和五一、二年頃より、現に新幹線を利用した場合には特別車両料金の支給をすべてカツトし、現に夜行特急を利用した場合にのみ右支給をする扱いとされていたが、この根拠が、旅費条例一九条一項に基づくものとみるべきか、あるいは一種の公法上の慣習(財務慣行)によるものとみるべきか、もしくは公法上の権利の放棄とみるべきか、これらの点は必ずしも明らかではないものの、たしかに、旅費条例一〇条一項四号が、特別車両料金を徴する客車を運行するものによる旅行をする場合には、原則として、すべての場合に特別車両料金を支給するものとしている点に、その規定自体のみでは、同六条の趣旨との関連で、条例の規定として、その相当性に問題がなくもないところで、いずれにしても、前記運用上の措置は、実質的にみて相当なものであつたといえる。

それとともに、旅費条例一九条一項が、実質額との関連で旅費額の適切な調整を可能としており、本件のごとく、場合により、特別車両料金のカツトも条例上不可能ではないと解されることからして、特別車両を連結する新幹線も、前記旅費条例六条所定の「最も経済的な通常の経路及び方法」による旅行と解することに、なんら妨げがないものということができる。

(五)  そしてなお、原告は、旅費条例一〇条四項が、鉄道賃につき「公務上の特別な必要により、上級の線路により旅行した場合は、現に支払つた運賃を支給することができる。」と規定していることから、夜行特急より上級の線路である新幹線により旅行した場合は、被告が現に支払つていない特別車両料金は支給すべきではないごとく主張しているが、右上級の線路であると主張する新幹線自体が、前記のとおり本来の通常の経路及び方法に該当するものであるうえ、証拠上、被告の新幹線利用が公務上の特別な必要によるものとも認められないから、いずれにしても、原告の右主張はその前提を欠き理由がない。

三そうすると、原告の本訴請求はさらにその余の点につき判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(渡辺伸平 吉岡浩 木村博貴)

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